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2008年1月23日 (水)

福岡伸一は統計学の基礎を理解していない

 前から書いている通り、「生物と無生物のあいだ」の批判を書いているところなのだが、行きがかり上、読むつもりのなかった「もう牛を食べても安心か」に目を通すはめに陥ってしまった。パラパラ眺めているうちに、以下の文章を発見し、唖然とした。福岡伸一は「帰無仮説の棄却」の意味を理解していないらしい。
 少し長いが、「もう牛を食べても安心か」86ページのコラムをまるごと引用する。統計学のごく初歩的な知識がある人間なら、これを読んで唖然とするだろう(そういう私も、前に書いた竹内久美子の記事で「第一種の誤り」と「第二種の誤り」を取り違えて書いてしまったのだが)。どこがおかしいかは、また後でじっくり書きたいと思うので、とりあえず、統計学の知識がない人は、googleで「第一種の誤り」で検索して、適当なページを読んでから以下の記述と比較して欲しい。

コラム5 科学実験の失敗をめぐる判断の難しさ
 ここで悩ましいのは実験科学「第一種の誤り」と「第二種の誤り」ということの区別である。仮説を立ててそれを検証しようとある実験を行うと、多くの場合、いや九五%以上は、期待したような結果にはならない。それは仮説が間違っていたから実験結果がそうならないのだ、つまり、仮説が誤っていたと判断される場合が、実験科学「第一種の誤り」。これはシンプルかつ素直な解釈である。
 ところが、多くの場合、いや九九%以上の科学者は、ああ、そうか、仮説が間違っていたのだとすぐには認めない。むしろ、私の仮説は正しいのだか、実験の方法か適切でないから期待する結果とならないのだ、と考える。つまり、実験のやり方が間違っていると判断されるのが「第二種の誤り」。試薬の濃度が適切でなかったとか、測定器の感度が不良だからとか、はたまた実験動物が風邪をひいていたせいたとか、理由はいくらでもひねり出せる。そこで、科学者は、正しい実験を行おうと考えて、いろいろ条件を変えて実験を繰り返す。「研究」と呼ばれるものが非常なる時間を実するのはそのためなのである。
 そして問題は、「第一種の誤り」と「第二種の誤り」は、内実は正反対なのに、実験がうまくいかない(期待どおりにならない)という位置からは見分けがつかない、ということである。かくして、不幸なことに、多くの場合、いや九十九.九%以上のケースでは、本当は誤っている仮設に固執して、益のない実験が繰り返されている、というのが科学研究の実態なのである。そして、本当に問題なのは、そこに多大な税金が投入されている、ということである。
 ここに挙げたパーセンテージはむろん私の主観的なものであるが、冷静なる研究者すなわち自己懐疑が可能な者ならば、おおむね賛同してくれるのではないだろうか。そして、むろんここには重い自戒の意味が込められているのはいうまでもない。

  こんな人間が、狂牛病対策について論じているんだから恐ろしい。やっぱり福岡伸一はちゃんと批判しておかないとまずいよ。

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