「食育」する人々
ヘンテコな食育冊子が各所で話題になっていますが
あんなもの信じる人がいるか、という意見をチラホラ見かけます。
しかし、そういう考えは
アマイッ!
アマ過ぎます。
件の食育冊子は安っぽいマンガだったから誰も信じそうになく思えますが、これがもっと違った表現だったらどうでしょう?
稚拙なマンガなんかではなく、洗練された文章で書かれていたら?
今回はその辺りを少々考えてみたいと思います。
Prodigal_Sonさんが、件の冊子に書かれているようなことは「マクロビオティック界隈(正食業界)ではよく見かける話だったりする」と指摘されています。
Prodigal_Sonさんのところから、マクロビオティックの研究家である久司道夫氏の発言を再引用してみましょう。
牛の乳は、たんぱく質の分子も脂肪の分子も、母乳とは異なり人間には使い切れないのです。牛の乳は子牛が飲むもので人間が飲むものではありません。
食物は消化吸収されて分解され、血液の中を流れていきますが、その間に分子、原子というレベルになり、やがて気やオーラ、波動のようなものを生じます。これが心を変化させるのです。 ステーキや香辛料、刺激の強いもの、脂っぽい食べ物などを常食すると、荒々しい気を起こし、荒々しい心になります。マクロビオティックで勧めている食材は穏やかな気を起こすものばかりなので、おのずから穏やかな心になるのです。
ナニ?
こんな「オーラ」やら「波動」やら言ってるコウバシイ文章なんか本気で受け止めたりしないって?
ナルホド、それは結構ですね。
では、もしこの発言をしたのがアヤシゲな食事研究家なんかではなくて、「科学ジャーナリスト賞」を受賞した「気鋭の分子生物学者」だったらどうでしょう?
使っている言葉が「オーラ」や「波動」ではなく、一見科学的な「動的平衡」なんていう言葉だったら?
私たちが食べるものは、穀物も、野菜も、肉も、魚も、もともとは他の生物の体の一部です。
人間は、他の生物を殺め、その生物たちが蓄えたタンパク質や糖質を収奪して、口にせざるをえません。しかし、私たちを形づくっている分子は、自分のものであって、自分のものではない。
一瞬は留まっているけれど、私たちの中を通り抜け、次の瞬間には別のところへ流れていきます。 呼吸をして体外へ出ていった二酸化炭素は、部屋から外へ出て、植物に吸収され、木の実や菜を構成します。岩石の一部になるものもあるかもしれません。海の中へ流れていき、海草やプランクトンの一部になって魚に取り込まれ、また私たちの食べものとして戻ってくることもあるでしょう。
食物の分子はそのまま私たちの分子になる。それゆえに、もし食物の中に、私たち生物の構成成分以外のものが含まれていれば、それがどんなに安全で無害なものとされていようとも、余分な分子、人工的な分子は私たちの身体の動的平衡に負荷をかけてしまいます。それらを分解し、排除するために余分なエネルギーが必要となり、平衡状態の乱れを引き起こすからです。ここに、できるだけ中身の見える、プロセスの見える食を選ぶべき生物学的根拠があるのです。
ついでに、こんな文章も読んでいただきましょうか。
タンパク質を言語にたとえるアナロジーは興味深いことを示唆してくれる。つまり、自分と近い種、あるいは同種の生物がもっていた情報というのは、それだけ近接した言語であるから、それがそのまま体内に取り込まれればそれだけ干渉が起こる可能性が高い、ということである。基本的にすべての生物は単音節(アミノ酸)のレベルでは同じ言語を使っている。だからこそ情報の再構成が可能となるわけだが、種が遠ければ遠いほど、構成のための文法や語法が違う、というふうに捉えることができる。フランス語しか読めない人が日本語で落書きされても何も感じないが、同じロマン語圈のスペイン語なら相手が悪意をもっていることが感じ取れる。そのような構造が異種間のタンパク質にもある。
食に対する伝統的な言い伝えを調べてみると、しばしば“できるだけ遠いところのものを食べよ”という教えを見つけることができる。これは情報の干渉をできるだけ避けよう、とする心がけと理解すれば、消化の生物学から考えて合理性がある。消化システムは万全を期しているとはいえ、その関門をリークして(すり抜けて)やってくる「負の情報」が存在するからである。後に述べる狂牛病病原体を始めとする経口感染媒体やアレルギーをもたらすアレルゲンなどがそうだ。
遠いところのものを食べよ、と同じ意味を逆の言い方で示したものが、カンニバリズム(人肉食)のタブーであるといえる。事実、ヒトのヤコブ病の一種であるクールー病(第六章で解説する)は、ニューギュア高地人の間のカンニバリズムによって広まった。カンニバリズムという行為がもたらす生理的嫌悪感の由来に生物学的根拠を求めるとすれば、他者の情報の干渉を直接受けることに対する恐怖から来ているのではないだろうか。
『もう牛を食べても安心か』福岡伸一
これは、それほど変なことは言ってないような気がするって?
それじゃあ、「世界のサカモト」こと坂本龍一さんの次の発言は?
マクロビオティックの陰陽の考えを知ってから、ものを食べる時は食材の陰陽を考え、身体を冷やすものか温めるものかを判断して食べるのが癖になってしまいました。また久司道夫氏から教えてもらったもう一つのマクロの考え--進化的時間の中で自分から遠いものを食べるということを気をつけています。
「ソトコト」2005年11月号
「進化的時間の中で自分から遠いものを食べる」?
面白いことを言ってますね。
福岡ハカセが「伝統的な言い伝え」として引いている「“できるだけ遠いところのものを食べよ”という教え」に似てると思いませんか?。
坂本キョージュの発言にも「久司道夫」という名前が出てきていることに注目してください。
こうなってくると、久司道夫氏がどういうことを言ってるのか、もっと知りたくなりますよね。
では、以下をどうぞ。
久司 やっぱり玄米が一番いいですよね。マクロビオティックというのは、「長く生きるための方法」ということです。玄米を中心にさまざまな穀物を良くかんで食べる。かむことが大事です。それでいい。それと動物的なものはね、遠ければ遠いほどいいんです。あのね、牛だとか豚だとか、哺乳類というのは、自分に近いでしょ。それから、ニワトリなんかは遠いようだけれども、それでもまだ近い。ところが海中のもの、水中のもの、人類よりはるかに遠く、ですよね。
しかし、一番遠いものは植物性ですから、植物性を主体にして。野菜がいいです。だから動物を摂るんだったら、魚のほうがいいですよ。全体の食事量の7分の1ぐらいにするんだね。
こうして、マクロビオティックの言葉に目を通してから、もう一度福岡ハカセの言葉を読み返してみると、なんだかウサン臭いという感じがしてきませんか?
“できるだけ遠いところのものを食べよ”という言葉は、福岡ハカセ自身の言葉ではなく、「伝統的な言い伝え」だということになっていますが、率直に言って、私は福岡ハカセが本当に「食に対する伝統的な言い伝えを調べて」「“できるだけ遠いところのものを食べよ”という教え」を見つけたのか疑っています。
まあ、本当のところは福岡ハカセに直接聞いてみないと分かりませんけどね。
福岡ハカセの文章にもう一つツッコミを。
福岡ハカセは、“できるだけ遠いところのものを食べよ”という教えを、「アレルギーをもたらすアレルゲン」に結び付けて解釈してますが、ここにはひっかかりを感じませんでしたか?
福岡ハカセの連載も載っている「週刊文春」先週号の記事から、以下の記述を読んでみてください。
生体を、細菌などの異物から守るはずの免疫機構が過剰に反応し、逆に有害な症状をもたらすアレルギー。それが急性かつ強烈なかたちで現れるのがアナフィラキシーだ。呼吸困難や血圧低下などの全身症状が出ると、アナフィラキシー・ショックといって命取りになりかねない。国内ではハチ剌されにより一年に二、三十人が、食物アレルギーで数人が亡くなっている。ハチは、山歩きなどでは注意を要するが、日常生活でも身近な人に発症しうるのが食物アレルギーだ。
(略)
米国ではピーナツアレルギーが多いのに対し、日本人はそばアレルギーが多い。最近はキウイなど外来種のフルーツに反応するケースが目立つという。
病院情報ファイル2008
福岡ハカセは、“できるだけ遠いところのものを食べよ”という教えと人肉食に関するタブーを結びつけてますけど、ピーナツやソバやキウイは、人間から十分遠くないんですかね?
とりあえず、今回はこんなところですが、最後に以下の文章を読んでいただきましょうか。
こうして玄米の味覚は、好むと好まざるとにかかわらず、副食の選択をわたしたちに強いることになった。それは、系統的に遠い植物界の蛋白質を材料に選び、おのれに近い動物門のそれはできるだけ避けるということだ。地球の生態系から眺めると、これこそ動物本来の食の形態というものであろう。してみると、この主食は、わたしたちの分厚い鈍重な舌のうろこを剥がして、粘膜の感覚を原初の姿にまで立ち還らせたのか。
『胎児の世界』三木成夫
福岡ハカセと異端の発生学者、三木成夫を比較してみると、とても興味深いのですが、それはまた別の機会に。
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コメント
こんばんは。
>もしかして、安原さんは、「シュガー帝国」の特殊部隊、「地球攻撃部隊スイーツ」ですか?
いやもう冗談ではなく、この手の「粗食」な「先生」に、「日本の食を壊したのは料理編集者のあなたたちです!(キッパリ)」って言われたことあるんですよ。「あなたたちがパスタだの、パンだのいってるから子供たちがキレるんです!」みたいな。こわいっす。(T_T)
>件の食育冊子は安っぽいマンガだったから誰も信じそうになく思えますが、
そうなんですよ。わたしもその方向で書こうと思ったんですが、私が「どーしてもやれ!」って言われたら、こんないかにもなかんじでは作りませんもん。マクロビや粗食系の本はもっとおしゃれですよ。粗食系の本のスタイリングしたスタッフは「地味で大変だったー」とか言ってましたが。
投稿: 安原 | 2008年9月27日 (土) 01時56分
> いやもう冗談ではなく、この手の「粗食」な「先生」に、「日本の食を壊したのは料理編集者のあなたたちです!(キッパリ)」って言われたことあるんですよ。
うわあ、それはシャレにならないっすね。
>マクロビや粗食系の本はもっとおしゃれですよ。粗食系の本のスタイリングしたスタッフは「地味で大変だったー」とか言ってましたが。
マクロビのことを調べようと思って本屋で何冊か眺めてみたんですが、けっこうこぎれいな感じのものが多かったですね。
上でも書きましたけど、坂本龍一がマクロビの支持者だったり、ミュージシャンや芸能人にはマクロビ支持者がけっこう多いみたいですね。
小泉今日子も以前マクロビを実践してたと、最近の雑誌のインタビューで言ってました。
Double Famousっていうバンドのパーカッションのヒトが、マクロビのインストラクターでマクロビの本も出してまして、この前、渋谷のタワレコに行ったときに雑誌のコーナーでその本を目にしてギョッとしました。
投稿: a-gemini | 2008年9月27日 (土) 09時01分
こんにちは。
>それはシャレにならないっすね。
こっち系にはまった研究家の人に「ごぼうのスープ」をいただいたことがあったんですよ。「土の味がしておいしいでしょ」と言われたんですよね。いやあー実にまずかったんですが、言えなかったですよ。もちろん、ふだんも試作段階でごちそうになって企画倒れっていう場合はあるんですけど、思想が先立ち過ぎると「これでいいんだ」になっちゃってる気がして、センスがある人だなあと思っていた場合には残念に思います。個人的な感想ですけど、家庭料理の「研究家」なんだから、「素材の味を生かそう」がいき過ぎて、ソースや味付けにこだわらなくなったら、それはやっぱり違うんじゃないかなあと思います。人にもよるんですが、料理は生活感が出ますから、子どもや旦那さんがいる研究家の方は、実際、家で家族が喜んで食べてもらえないものは作らない傾向にはあるんじゃないかなと思います。「所詮、そんなおしゃれなもの作っても、トンカツとか食いたいって言われちゃうのよねー」ってなるっぽいです。実際に家族がいようがいまいが、そういうバランスは必要なんじゃないかなと思いますねえ。
投稿: 安原 | 2008年9月27日 (土) 11時58分
>「土の味がしておいしいでしょ」と言われたんですよね。いやあー実にまずかったんですが、言えなかったですよ。
「土の味」はイヤだなあ。
結局、味覚よりも頭の中の観念の方が勝っちゃってるんでしょうね。
>「所詮、そんなおしゃれなもの作っても、トンカツとか食いたいって言われちゃうのよねー」ってなるっぽいです。実際に家族がいようがいまいが、そういうバランスは必要なんじゃないかなと思いますねえ。
私はグルメの真逆の人間なんで、毎日コンビニ弁当でも平気ですね。
そこそこ旨くて腹がふくれればそれでOK。
堕落した都市生活者ですよ。
投稿: a-gemini | 2008年9月27日 (土) 14時58分
う~ん。つまり福岡氏の言いたいことを訳すとこんな感じですかね。パンがなければ細菌を細菌がなければウイルスをそれでもなければ鉱石を食べればいいんだ!!
・・・すべりましたか?
投稿: 梨 | 2008年10月 1日 (水) 20時57分
>・・・すべりましたか?
ウ~ン、いまひとつだったかも(笑)。
投稿: a-gemini | 2008年10月 1日 (水) 22時03分
ニュートリノを食って生きろと。
どうやってかは聞かないでください。
投稿: hir | 2008年10月 3日 (金) 01時16分
ニュートリノなら動的平衡を乱さないのでOKだと思います(笑)。
投稿: a-gemini | 2008年10月 3日 (金) 21時11分