樺島勝一の名前を初めて目にしたのは、広瀬正の『マイナス・ゼロ』を読んだ時。
タイムマシンで昭和七年に戻った主人公が、居候先の家族の男の子と会話するシーン。
「ちょっと見せてくれる? よごさないように気をつけるから」
俊夫は、そうことわって、タカシ秘蔵の本の中でも一番新しい少年倶楽部六月号をひき技いた。
表紙を見ると、上部に赤い宇で「少年倶楽部」と右から左へ書いてあった。下には「我等の空軍號」とある。表紙の絵は飛行機だった。
「この飛行機は、ええと……」
俊夫が、また苦吟していると、タカシがいった。
乙九一式戦闘機だよ。少し本物よりカウリングが小さくて、胴体が大すぎるんだ。斎藤五百技は、飛行機の絵はうまくないや。樺島や御水の方がいいな」
たしかに、その通りだった。九一式戦闘機なら、俊夫も知っているが、こうデフォルメされていては、わからないのも無理はない。
昭和二年、陸軍は中島、三菱、川崎の三社に国産戦闘機の競争試作を命じたが、その中から昭和六年に合格採用されたの、が、中島製の、この九一式戦闘機だった。基礎設計にあたったのは、中島がフランスから招いたマリー技師とロバン助手。ジュピター四百五十馬力の空冷式発動機をそなえ、最大時速三〇〇キロという、当時の最新鋭戦闘機だった。
「そうだね」と俊夫は子供のころを思い出していった。「樺島勝一や鈴木御水の絵はいいね」
俊夫は、壁に貼ってあるタカシの絵が、この両画伯の作風を真似していることに気がついた。
軍艦の下に書いてあるヘチマのスポンジみたいなのは、樺島式の波のつもりらしい。
タカシは、同好の土を得て、目を輝かせた。
「ふーん。その本の中に出てるよ。『吼える密林』のさし絵は御水で、『亜細亜の曙』は樺島なんだ」
その十数年後、黒田硫黄のインタビューの中で「樺島勝一」の名前を目にしたときは、広瀬正と黒田硫黄という私の好きな作家が思わぬところで結びついてうれしかったな。
--好きな画家っていますか。
黒田 あまり好きな画家っていう風には考えないんです。いっぱいいると言えばいっぱいいいるし。普通にいい絵は好きですけど。でかい油絵を直に見るとすごいなあとは思いますね。印刷と違って、飛び出して見えます。ま、いくらか画集やら図録やらがトイレに並べてあったりするんですけど、で昨日ミロの画集を見ていたら、落書きみたいなんだけどこれはやっぱりうまいなあと思いました。うまいというかきちんと絵になっているんです。不思議だ。あれはなにかしらの秘密がありますね。具象だと樺島勝一の船の絵をずっと眺めたりします。特に具象がいいということはないんですけど。
ユリイカ 2003年8月号
と言うわけで、弥生美術館で「樺島勝一展」が開催されると知り、さっそく観に行ってきました。
生誕120年記念 ペン画の神様 樺島勝一展
-写真よりリアルな密描画-
1920~30年代を中心に活躍した挿絵画家、樺島勝一(1888~1965)は、当時人気のあった少年雑誌『少年倶楽部』に迫力のある挿絵を描き、少年たちを熱狂させました。その卓越した描写力は「写真よりリアル」と謳われたほどで、「船のカバシマ」「ペン画の神様」とも称されました。
一方で、1923年には、日本で初めて吹き出しを用いたマンガ『正チャンの冒険』も手掛けており、後に主人公「正チャン」が被っていた帽子は、「正チャン帽」として商品化され、大ブームになりました。
本展は、樺島勝一の生誕120年を記念した本格的な回顧展です。初公開の作品も展示し、生涯の画業をたどります。
会期: 2008(平成20)年10月2日(木)~12月23日(火・祝)
挿絵の掲載された当時の雑誌のほかに原画も多数展示。
印刷されたときのことを考えてか、コントラストが強めに書かれていて強烈な印象を受けました。
得意の船の絵は、やはり原画で見るとかなり迫力があって、特に波の表現の精細さがすごかった。
『正チャンの冒険』も、モダンな感じのすっきりした絵柄で私の好みだったな。
ということで、広瀬正ファンと黒田硫黄ファンは、迷わず弥生美術館にGO!
ついでに、竹久夢二美術館の方も。
夢二がロシアバレエ団〈バレエ・リュス〉の頃の作品でバルビエの絵を模写したものが2点あって面白かった。
私はバルビエ好きなので。
帰りに、展覧会に併せて出版された「樺島勝一 昭和のスーパーリアリズム画集」も買ったんだけど、こちらは残念な出来。
印刷の質のせいか、ペン画の精細さが表現されてなくて、弥生美術館で観たときの迫力がほとんど感じられない。
絵の一部をトリミングして拡大したものも何点かあって、構図が台無し。
「亜細亜の曙」の挿絵のような代表作に偏っていて、探偵小説雑誌や『飛行少年』に掲載された初期の挿絵がほとんど取り上げていないのも不満。
こちらは迷わずお奨め、というわけにはいかないのです。
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