カテゴリー「美術」の記事

2008年7月13日 (日)

コロー展 国立西洋美術館

久しぶりに上野に。
すいてるだろうと思っていたら、結構混んでて、ちょっとウンザリ。
「新日曜美術館」で取り上げる前に、と思って行ったのだが、「美の巨人たち」があったのだな。
失敗した。

入り口近くは混んでいるので、順路は無視して最後のセクションから観賞。
ほぼ年代順の展示になっていたので、晩年近くの作品から遡って観ることになったのだが、同じようなモティーフを扱っていても、描き方が年齢によって変わっていくのがよく分かる。(*1)
若い頃の作品を自由に変形して、晩年の作品ができあがっているような感じ。

印象に残ったのは、《マンドリンを手に夢想する女》《青い服の婦人》《ビブリ》あたり。

http://www.corot2008.jp/

常設展示の方は落ち着いて観ることができた。
ギュスターヴ・ドレの《ラ・シエスタ、スペインの思い出》がやたらカッコよかった。

(追記 2008.7.13)
(*1)コローの場合、代表作はほとんど晩年の作品なのである。

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2008年6月13日 (金)

ロブ・ゴンザルヴェス

ゴンザルヴェスの作品で表現されているアイディアは、エッシャーの「画廊」や「昼と夜」などを思い出させるが、絵柄はもっと親しみやすいものである。

        On The Upswing

On2bthe_upswing

       Unfinished Puzzle

Unfinished_puzzle

      
日本でも、ゴンザルヴェスの絵に詩をつけた絵本が出版されている。

真昼の夢 (ほるぷ海外秀作絵本) Book 真昼の夢 (ほるぷ海外秀作絵本)

著者:ロブ ゴンサルヴェス,セーラ・L. トムソン
販売元:ほるぷ出版
Amazon.co.jpで詳細を確認する

終わらない夜 Book 終わらない夜

著者:ロブ ゴンサルヴェス,セーラ・L. トムソン
販売元:ほるぷ出版
Amazon.co.jpで詳細を確認する

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オクタビオ・オカンポ

次は、オクタビオ・オカンポ(Octavio Ocampo)。

メキシコのアーティスト、オクタビオ・オカンポは、知覚的に”180度転換”する肖像や宗教的シーンを作る専門家である。彼の作品は長時間見ているほどたくさんの内容が見えてくる。花々は顔になり、山々は互いに語り合い、棺の上の哀悼者はキリストの顔になる。敬虔なカトリックであるオカンポは、その作品に宗教的、世俗的な象徴を吹き込んでいる。

オカンポは、自分の作品をみる人を、その第一印象によって、つまり、その美しさや恐怖感によって引き込もうとしているという。しかしそれただは最初のイメージにすぎない。「やがて、観る者たちは2番目のイメージ、3番目のイメージがあることに気付きます。そしてこれらのイメージが最初のイメージとはまったく違う感情的なメッセージを運んでくることに気付くのです。」

marlena

Marlena

  mouth_of_flower

Mouth_of_flower

  palm_sunday

Palm_sunday

http://www.visionsfineart.com/ocampo/aa_index.html

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ビック・ムニーズ

『錯視芸術の巨匠たち』から、私が特に感銘を受けたアーティストを紹介。

ビック・ムニーズ(Vik Muniz)。

「チョコレート・シロップや縫い物用の糸、砂糖、砂や葉っぱ、ほこり、ごみ、綿、釘、さらにスパゲッティ・マリナラなど、異質で非伝統的な材料」を使ってイメージを作り出す、ブラジル出身のアーティスト。

「絵画とは、ある一定の秩序を持つ色彩で覆われた表面である」(ドニ)という近代絵画の考え方だと、その色彩のパターンが絵の具であるか砂や葉っぱであるかは本質ではない、ということになるだろう。。
しかし、ムニーズの作品では、きわめて洗練された表現が「非伝統的な材料」によって描かれているということを鑑賞者が認識することによって、強烈な異化作用が生じる。

ムニーズ自身の言葉。

「イメージの力は過小評価されています。それらは心地よく単純なものと見られています。あなたは自分が何を見ているか分かっていると思っています。私がしたいと思っているのは、イメージを透明でなくわかりにくいものにしたいということなのです。連続する層を作って、観る者がその主題に達するのが少し難しくなるように、土、砂糖、糸といった悪役を使います。このようにして観察者にとっては、そのイメージがうまくいけばワクチンとなって働き、イメージに対する分析な関係に関わらせるのです。これらのイメージは小さな抗体のようなもので、それがその階層にあるすべてのイメージの知覚を変えるのです。」

http://www.vikmuniz.net

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2008年5月19日 (月)

『錯視芸術の巨匠たち』アル・ケッセル

「世界のだまし絵作家20人の傑作集」という副題がついていて、ダリやエッシャーはもちろん、もっと最近のアーティストも取り上げている。日本人では福田繁雄と北岡明佳の二人。
版形も大きく、カラー図版も豊富で、それだけでもうれしいのだが、さらにスゴイのは

「まえがき」が、ダグラス・ホフスタッター!

訳と「あとがき」が、坂根厳夫!

何か私の好みを思いっきり狙い撃ちしているような感じだ。

webとも連動していて、いくつかの作品は動画で見ることができる。
(ロードに若干時間がかかるので注意)

Masters of Deception:Escher, Dali & the Artists of Optical Illusion

この本に取り上げられているアーティストの中で、今回紹介したいのは、球体の表面に絵を書く、ディック・タームズ(DICK TERMES)という画家である。

球体に書いた絵の何が面白いんだって?
それは動画を見てもらえば分かる。

フル・スクリーンで見てほしいので、埋め込まずに直接YouTubeにリンクする。

コツは、球の表面を見ているということを忘れること。

そうすると、見ているうちに空間が歪む!

Reflecting Back

Patterns of Reflection

これは球じゃないけど。

Lakota Headmen

もっと色々見たければ

Spherical Thinking Web Demo

ディック・タームズのホームページは以下。

http://www.termespheres.com/

Book 錯視芸術の巨匠たち―世界のだまし絵作家20人の傑作集

著者:アル・セッケル
販売元:創元社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

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2008年3月 6日 (木)

地球に内接する立方体

 これもkikulogから拾ったネタなのだが。

[もしも地球が正方形だったら]

 これを読んで思い出したのが、坂根厳夫の「イメージの回廊」の中の、”地球に内接する立方体”を作った芸術家の話。

(略)
そんな現代の作家の一人に、トム・シャノンがいる。ニューヨークのロフトに住んで、ここ数年間にいくつものコンセプチュアル・アート(概念芸術)を発表して来た男だが、彼の作品には、常に"地球感覚”とでもいうべき意識がつきまとっている。
例えば、1974~79年に制作した『世界のコーナー(The Corner of the World)』。これは、地球に内接して、大地に隠れている巨大な想像上の立方体を想定し、その立方体の八つの角が地表面と接する八ヶ所の地点を、地球儀のまわりにかぶせた立方体方の金のくさりの定規で探り、この八つの地点のあいだの相互関係に思いをはせようという、イメージの中だけに存在する作品である。彼はそのコンセプト(概念)の提案だけではあきたりず、その一つの点のモデルを、マンハッタンのロン・フェルドマン画廊の裏庭の中に実現して見せたほどである(図①)。

Tom_4 

(略)

ニッケルと鉄の合金(じつはこれも地球内部のマグマの成分を象徴しているのだが......)で作ったこの三角錐は、まさに地球内部から張り出した巨大な立方体の角の一つであり、その突起の背後に深々と横たわっている膨大な見えない形のイメージに、人々の想像力を誘う、大スケールの暗喩的な作品であったのである。

(余談)
 坂根厳夫の本は、小学生くらいのときに「遊びの博物誌」を読んで以来、私のお気に入りだった。上に引用した「イメージの回廊」や「科学と芸術の間」は高校か大学生くらいのときの愛読書だった。
  この間、TENORI-ONの情報をネットで集めていたら、今でも氏が元気に活躍されていることを知り、うれしく思った。
 
  TENORI-ON開発日誌

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2008年3月 2日 (日)

「眼孔、斜に射す太陽」生西康典・掛川康典 2008.3.1

 つまんなかったあ。悪い意味で60年代っぽかった。
  東京都写真美術館の企画「映像をめぐる7夜」の最終日。
  はじめに、どこかのおっさん(きっと、有名な文学者か芸術家か宗教家なんでしょうけど)が、陳腐で浅薄な近代批判をしている録音が5分間位流される。古代の人間は太陽を崇拝していた、現代の人間は単なるものとしてしか見ていない、とかなんとか、私が最も馬鹿にしているタイプのヤツ。この時点で、ちょっとマズイんじゃないかと思ったのだが、果たしてその通りだった。
  その後は、半分海の水に浸かったカメラが日の出を撮った映像が延々2~30分続く。これだったら、あんなもったいぶったタイトルじゃなくて、「日の出」っていうタイトルにすればよかったんじゃない?
  途中で出たかったんだけど、出られる状況じゃなかったので、結局最後まで付きあうはめに。
  その後は、白い点がいくつか繋がったのがプランクトンのように動き回る映像。ものすごく退屈な映像の後なので、これでも刺激があるように感じられる。それが狙いか?
  最後は無音でスクリーンが真っ白な状態が続いて、そのままオシマイ。ナンジャソリャ。
  音響だけはすごかった。四方八方から音が聴こえてきて、迫力があった。それだけは評価する。
 それから、始まった後に入ってきた男が、「もう、プレス席ないの?」とか係員に聞いているのがウザかった。遅れてきたなら、黙って一般人と一緒に立ち見しろよ。
  となりでやってた原田知世のライブに行ったほうがよかったなあ。失敗した。

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2008年2月16日 (土)

カン違い

「竹久夢二」のことを「竹下夢二」って書いちゃってたよ。なんか違和感はあったのだが、 1週間たって、やっと気がついた。何回も行ってるんだがなあ、竹久夢二美術館。恥ずかしいなあ。ま、いいか。

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2008年2月10日 (日)

小林かいちの遺族見つかる

「父が、かいちとは…」 謎の画家 長岡京に二男 (京都新聞電子版)

 戸籍謄本によると、かいちの本名は、小林嘉一郎で、本籍は東山区祇園町北側。1896年に旧家の長男として生まれ、京都絵専で学んだ後、嘉寿さんら三男一女を育て、1968年に72歳で亡くなった。

  これは意外。若くして亡くなったとかいう話もあったはずだが、間違いだったのか

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2008年2月 9日 (土)

稲葉まり 伊瀬聖子

 竹下夢二美術館から恵比寿に移動。
 WHITE HOUSEでの展覧会「MEMORY of the WHITE HOUSE」へ、火曜日の「星の行方」でアニメーションを担当した稲葉まりの作品を観に。小さな部屋の中で「星の行方」の中の「窓と扉」(私が勝手に命名)の部分の映像をロープさせたものを壁に映写。もちろんダンスはなし。映像と音響の条件は今ひとつ。「星の行方」の公演を見逃してしまった人や公演のイメージを思い出したい人はどうぞ。明日まで。
  「日本の新進作家VOL.6」を観に東京都写真美術館に移動。目当ては伊瀬聖子の作品。私が伊瀬聖子の興味を持ったのは、2年前の高橋幸宏のライブで映像を担当していて、それがとても良かったから。とくにICCセンターでの公演は音楽も映像も面白かった。その後、伊瀬はHASYMOやミカバンドのライブの映像も担当。今月末のSTEVE JANSENも担当する。今回の展覧会でもSTEVE JANSEが音楽を提供している。作品のタイトルは「Swimming in Qualia」。会場に入ると、正面と右側の壁の2面に映像が投影されている。スピーカーから音楽が流れているが、ヘッドフォンが5,6セット用意してあるので、それを着けて床に座って観賞する。映像の内容は、蓮の花や森や水面、人のシルエットなど。とてもクリアな映像。とくにストーリー性はない。右側の壁の映像は比較的細かく編集され4,5分でループするが、正面の映像はもっとゆったりしたスピードで流れる。音楽の方はアンビエント色の強い静謐なエレクトロニカ。観ているとかなり気持ちがよく、これなら1時間でも2時間でも見続けられるという気がしてくる。結局全体の長さは30分くらいだった。他のアーティストの作品もちょっと眺めてから出る。STEVEの「SLOPE」が好きな人はきっと気に入ると思うので是非観にいってほしい。逆に、これを観にいって音楽がいいなと思った人は「SLOPE」をどうぞ。20日までなので、お早めに。

スロープ Music スロープ

アーティスト:スティーヴ・ジャンセン
販売元:P-VINE
発売日:2007/10/24
Amazon.co.jpで詳細を確認する

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「小林かいち展」竹久夢二美術館

 「夢二と謎の画家・小林かいち展 ~大正ロマンから昭和モダンへ、花開く絵葉書・絵封筒の美~」を観に、竹久夢二美術館へ。

  小林かいちは、大正から昭和のはじめにかけての時期に、京都さくら井屋を版元とする絵はがきや絵封筒のデザインを手掛けた絵葉書画家。小林かいち自身については、本名も正没年もわからず”謎の画家”とされていた。

  私がかいちを知ったのは、林宏樹の「ニッポンのろまん絵葉書」でだった。ピンクと紫を基調にした、一歩間違えば悪趣味になりかねない大胆な色使い。全体のデザインはアールデコ調だが、モチ-フはうなだれ街灯によりかかる女、両手に顔を埋め嘆く女などが多く、メランコリックで日本人的なウェットさが感じられる。モチーフ的には夢二と共通するところが多いのだが、夢二に比べると都会的な感覚が強い。また、十字架、協会などのキリスト教のモチーフやゴンドラやトランプなど、西洋趣味の香りがするモチ-フも多い。私はかなり強い印象を受けた。 
  絵葉書をテーマにした他の本でも小林かいちは多く取り上げられており、絵葉書ファンには名前が知られていたが、2007年には、とうとうかいちを単独で扱った「小林かいちの世界」が出版された。また、雑誌「DOMANI」がかいちのカレンダーを付録にしたのには驚いた。実物を見たら、思ったより小さかったので購入には至らなかったのだが、とにかく、かいちの人気が盛り上がってきているということは感じられた。

  1枚のチケットで弥生美術館と竹久夢二美術館の両方観賞できる。高畠華宵展を開催している弥生美術館を抜けて竹久夢二美術館へ。思ったより人が少ない。小林かいちブームはまだおとずれてないようだ。すいているのでじっくり観ることができた。
  今回、竹久夢二美術館の調査により、かいちが京都東山に住んでいた裾模様の絵師、小林歌治と同一人物であることが分かったという。また、前にも書いたとおり遺族が判明したとい情報もあるので、今後の展開が楽しみだ。 
 弥生美術館に戻る。華宵はこれまでにもけっこう観ているので、ざっと眺めるだけ。3階は「双六特集」になっていて、松本かつぢの作品をみることができてうれしかった。

ニッポンのろまん絵葉書―大正浪漫の世界 Book ニッポンのろまん絵葉書―大正浪漫の世界

販売元:グラフィック社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

小林かいちの世界―まぼろしの京都アール・デコ Book 小林かいちの世界―まぼろしの京都アール・デコ

著者:小林 かいち,山田 俊幸,永山 多貴子
販売元:国書刊行会
Amazon.co.jpで詳細を確認する

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2008年2月 6日 (水)

"小林かいち"を知っていますか

"小林かいち"を知っていますか

「”かいち”の謎のベールがついに!」 となることが期待できるかもしれません。
新しい情報が得られ次第、このブログでもご報告したいと思います。

オオッ、それはすごい。

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「星の行方」 2008.2.5

寺本綾乃 (ダンス)
Gutevolk (音楽)、植野隆司 / Tenniscoats (音楽)
生西康典 (演出)
掛川康典 (映像)
稲葉まり (アニメーション)
せきやすこ (アニメーション)

「星の行方」 を観に六本木SuperDeluxeへ。
道に迷って、ギリギリに会場着。会場は思ったより小さくて、100人入るかどうかという感じ。観客は、ほとんどが若い女の子。遅れたので、もう満員で一番後ろで立ち見。

 場内が暗転。ステージ下の右側には植野隆司、左側には西山豊乃が座る。
 正面には三面のスクリーン。右のスクリーンには鳥の入った籠が映し出される。中央には窓が映し出され、外は風で木の枝が揺れている。左のスクリーンにはスタンドが灯されている。そのスタンドの下、少女が椅子に座って本を読んでいる。外の風の音が強くなり、少女が立ち上がり窓の外を眺めていると、突然雷鳴が響き、舞台は暗転。そこから少女は夢のような世界に入り込む。動物達の影絵と戯れていたかと思うと、場面が変わり、扉と窓のある壁が現れ、窓には家族が誕生パーティーをしている姿が映っている。少女は扉を開けて向こう側に行こうとするが、突然場面が変化してしまい、中に入ることはできない。窓の向こうには、人生の一断片が次々に浮かび上がり、少女はそのたびに向こうの世界に行こうとするが、それはかなわない。
 ストーリーらしいストーリーはなく、短い場面が次々につなぎ合わされていく。それぞれのシーンに、仮に題をつけるならば、次のような感じだろうか。
「窓の風」「動物」「落ち葉」「扉と窓」「時計」「散る花」「幾何学模様とダンス」ふたたび「時計」「水底」「雨と鳥籠」「虹」「草原」「星空」「流れ星」「蝶の羽」。
  植野隆司はギター、サックス、グラスで音を奏で、西山豊乃が歌う。
   寺本綾乃は、あるときはスクリーンの上の鳥を追いかけ、あるときは爆発するように動き回る幾何学模様に合わせて踊る。
   雨の音が響く静かなシーンの後は、クライマックス。草原に日が暮れて行き、星空に流れ星が。星の光は、集まって蝶の姿になり、少女の背中に蝶の羽が生える。ステージが暗転し少女はゆっくりと動きを止める。
   植野と西山がステージに上り、三人並んで一礼。観客の拍手の中、三人がステージを立ち去ろうとすると、スクリーン上に鳥が飛んできて、鳥がくわえていた糸がスクリーンの中央で、「The End」の文字となる。少女は鳥が飛び去るのを見送る。
  ノスタルジックで繊細な音楽。映像と踊りの見事なシンクロ。最後の数分は息が止まりそうになった。
 
 約一時間の公演。ほんとにいいものを見せてもらったなあ、という感じ。また、こういうのやってください。

GUTEVOLKのサイト(音が出ます)
http://www.gutevolk.com/

寺本綾乃のブログ
たぶんてらもとあやのだと思う

植野隆司のブログ
たかしんぶん2

生西康典と掛川康典については以下を。
蒙古斑革命 生西康典&掛川康典×山口小夜子 

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2008年2月 5日 (火)

六本木へ

 「星の行方」を観に、六本木へ。余韻にひたりたいので、細かい話は、また明日。
 とりあえず、メトロハットのインフォメーションのおねえさんにありがとうを。お陰で遅れずに済みました。

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2007年12月23日 (日)

『少年倶楽部』から『りぼん』まで ふろくのミリョク☆展 弥生美術館

「戦前から戦後までの少年・少女雑誌のふろく」というテーマのためか、いつもよりもお客さんの会話が多くて賑やかな雰囲気。
1階は少年雑誌編ということで、大正から昭和40年代くらいのものが展示されていたのだが、一番興味深かったのは、昭和5~10年頃のもの。教育勅語や昭和天皇・皇后の「御尊影」が少年雑誌のふろくだったのには驚き。圧巻だったのは、全長6~70センチくらいの戦艦三笠の紙製組み立て模型。糊を使わず全てはめ込み式なのだが、リアリズムに徹していて完成度が高い。こんなものがふろくについてきたら男の子だったら夢中になるに決まっている。ガスマスクの紙模型までふろくになっていたのには時代を感じる。
年配のお客さんが多く、親子(7~80才くらいと4~50才くらい)らしきペアもチラホラ。そのうち、展示を観ているよりもお客さんの会話を聞いているほうが面白くなってきてフロア内をブラブラ歩き回る。
2階は少女雑誌編で、こちらの方は時代を降って昭和4~50年頃のものが中心。「これ持ってた!」「これも持ってた!」とはしゃぐ「"元"少女」たち。
会期は月曜日まで。

http://www.yayoi-yumeji-museum.jp/

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